価値観
Core values

Gospel-Centered

The gospel (the good news that Jesus died for sinners) is at the heart of everything we
do, as the power of God for salvation and life transformation (Romans 1:16-17). Another
part of gospel-centeredness is that we desire to constantly make the gospel “explicit,”
rather than assuming it as “implicit.” This means that you should hear some facet, or
some element of the gospel in every sermon, every small group, every outreach event,
etc. Such gospel-centeredness leads to increasing humility, obedience, joy, and
empowerment that flows from the heart, rather than being based on an external law.
Therefore, each member is encouraged to learn to daily preach the gospel (1) to his or
her own heart (2) to others.

福音中心 

福音(罪人のためにイエスさまが死んでくださったという良いニュース)は、救いへと導き、生き方を変える神の力なので、私たちの為すあらゆることの中心です(ローマ1:16-17)。 福音を中心とするということは、福音を「個人的なもの」としてこっそりと持つのではなく、常に福音を「公なもの」として明らかにしたいと願うということです。 これが意味するのは、あらゆる説教の中で、またあらゆるスモールグループで、あらゆるアウトリーチ・イベントにおいて、何らかのかたちで福音の要素が見聞きされるべきであるということです。 そのような福音中心は、外的な律法に基づいているものよりも、より心から溢れ出るへりくだり、従順、喜び、活力へと繋がります。 また、メンバーは日々、(1)自分自身の心に向けて、(2)他の人たちに向けて、福音を伝えることを学ぶことが奨励されるということも意味します。


子を養い育てる 

弟子作りは、教会の「成功」を測る主要なはかりです。 主イエスは私たちに「行って、弟子を作りなさい(マタイ28:18-20)」と命じ、使命を授けられました。 私たちは、この使命をどのように果たすことができるでしょうか? 基本的には、クリスチャン・ノンクリスチャンにかかわらず、福音が日々の生活において無限の示唆を与えてくれるあらゆる領域/機会において、福音を語り、福音に従うよう招くことによってです。 豊かな実を結ぶ、弟子を作る教会には、以下の3つの領域における成長が含まれます:(1)キリストのような性質を得ること、(2)憐れみ、(3)弟子の数。 これを最も良いかたちで成し遂げるには、単に教会に弟子を「増し加える」ことではなく、教会の中で弟子が「増え拡がる」ことを求める必要があります。 これは、教会スタッフだけではなく、教会のメンバー全員が、弟子を作ることのできる弟子を養い育てるために共に働くことによって、キリストに「誠実に」従おうと努力することを意味します(第二テモテ2:2)。

Disciple multiplication

Producing disciples is the main measurement of our church’s “success,” as the mission
given to us by our Lord is just that: to go and make disciples (Matthew 28-18-20). How is
this done? Mainly by preaching the gospel and calling obedience to it, in all of its
limitless implications for daily life, both to Christians and to non-Christians. Fruitfulness
for a disciple-making church includes these three areas: (1) growth in Christ-like
character, (2) growth in compassion, and (3) growth in the number of disciples. To best
do this, we do not wish to simply “add” disciples to our church, but to “multiply” them.
This means that each church member (never just the staff) is to “faithfully” strive to obey
Christ by working together to produce disciples who produce disciples who produce
disciples! (2 Timothy 2:2).


Submitted to the inerrant Bible and empowered by the Holy Spirit

There is no contradiction between learning God’s truth and living by the Spirit (2 Peter
3:18). God’s truth is given to us in His inerrant word - the Bible; God’s Spirit applies that
same truth to our lives! To not love and submit to the Bible as God’s inerrant word shows
a lack of repentance, because such a person still believes that they are right and God is
wrong. At the same time, we cannot truly come to understand, be transformed, obey,
and powerfully proclaim God’s truth in the Bible without the presence of the Holy Spirit in
our hearts to illuminate us, empower us, comfort us, etc. God’s word & God’s Spirit are
needed both in every member’s life and in the church community as a whole. Therefore,
we must strive to spend time in God’s word both individually and corporately. (See 2
Timothy 3:16, Hebrews 4:12, John 14:26.)

誤りのない聖書に従い、聖霊に力づけられる

神の真理を学ぶということと聖霊によって生きるということの間には、何ら矛盾はありません(第二ペテロ3:18)。 神の真理は、誤りのない神のことば・聖書によって、私たちに与えられています。 神の御霊(聖霊)は、その同じ真理を私たちの生活に適用してくださいます。 聖書を誤りのない神のことばとして愛し従わないことは、悔い改めの欠如を示しています。 それは、そのような人は未だに自分こそが正しく、神様の方が間違っていると信じているということだからです。 同時に、私たちの心の内で私たちを照らし、力づけ、慰めてくださる聖霊の臨在なくして、私たちは本当の意味で聖書に記されている神の真理を理解したり、またその真理によって変えられたり、その真理に従ったり、その真理を力強く伝えたりすることはできません。 神の「みことば」と「御霊」は両方とも、すべてのメンバーの生活において、教会共同体全体において、必要不可欠なのです。 それゆえ、私たちは、個人的にも、また共同体としても、神のみことばの内に時間を過ごす努力を怠ってはなりません。(第二テモテ3:16、ヘブル4:12、ヨハネ14:26参照)


Blessing the City

We value blessing the city by showing God’s love in a visible way through bringing
justice and mercy wherever God gives opportunity to do so. This is one of the marks of
what a church is, and one of the natural outcomes of believing in the gospel of God’s
grace, wherein He has shown such unfathomable compassion to us as sinful people. In
other words, we love the city because God loves us and has put us in this city! The
church is not meant to be a light only to her own members, but to be a light to the entire
city that it might “see your good deeds and praise your Father in heaven” (See Matthew
5:14-16). We encourage individuals and small groups to be sensitive to the needs
around us in the city, and to be ready to respond by showing compassion. We also have
church resources ready for this use (currently 5% of our offering is set aside for city
blessing and compassion). Please let the staff know if the Lord puts any needs on your
heart.

街を祝福する

私たちは、神様が機会を与えてくださる所どこででも、正義と憐れみをもたらすことを通して、見えるかたちで神の愛を示すことによって、街を祝福することに価値を置きます。 これは、教会がどのような存在であるかということを示すしるしの一つであり、また神の恵みの福音を信じているということがもたらす自然な結果の一つでもあります。 神様がまず、罪深い者である私たちに計り知れない憐れみを示してくださったのですから。 言い換えれば、神様が私たちを愛し、この街に私たちを置いてくださったがゆえに、私たちはこの街を愛するということです。 教会は、自分たちに属するメンバーのためだけの光となるのではなく、街全体の光となるよう求められています。 街全体が私たちの良い行いを見て、天におられる父をほめたたえるようになるためです(マタイ5:14-16)。 私たちは、教会に属する一人ひとりが、そして教会のすべてのスモールグループが、私たちの周りの街の人々の必要に対して敏感になり、憐れみを示すことによってその必要に応答できるよう整えられることを奨励します。 私たちはまた、このために用いられるために、教会予算を計上しています。(現在のところ、献金の5%が街に憐れみを示し、祝福するための予算として計上されています。) 何らかの必要に応答するようにと主から心に示されたら、ぜひスタッフにご相談ください。


Integration of faith of life

There are no “Sunday Christians.” If we have truly come to repent and believe in the
gospel then our identity is in Jesus whether at church, work, school, or anywhere. We
desire to see each church member work out how to live in a way that glorifies God in
every part of life (See 1 Corinthians 10:31, 1 Peter 3:15.) You are called to serve God in
whatever vocation you are in, and our church longs to equip each person to do that to
the best of their abilities.

信仰と生活の統合

日曜クリスチャン」などというものはありません。 もし本当に悔い改めへと至り、福音を信じるなら、私たちのアイデンティティーは、教会においても、仕事場においても、学校においても、どこにおいてもイエスさまにあるということになるでしょう。 私たちは、一人ひとりの教会メンバーが生活のあらゆる領域において神様の栄光を表わす生き方を目指して欲しいと願います(第一コリント10:31、第一ペテロ3:15参照)。 あなたがどんな仕事をしていようとも、あなたは神様に仕えるよう招かれています。 私たちの教会は、一人ひとりが与えられた能力を最大限に用いて神様に仕えることができるよう、訓練したいと願っています。